鏡の汚れ
朝、目が覚めて体を起こし、顔を洗って、歯を磨いて、お化粧をする。
インスタントのコーヒーをお気に入りのマグカップに注ぐ。
ホットで飲むにしては暖かい季節になりました。
そして、私の朝は、顔の身支度から始まります。
ドレッサーなど持ち合わせていないため、机にA4サイズの卓上用鏡を置き、ドラッグストアで揃えられる安価な化粧品を隣に並べます。
化粧水、日焼け止めクリーム、下地、ファンデーション、お化粧は工程が多くはあるものの、工程化された作業に対して次はどうしようか等の悩みやためらいはありません。
ただ、繰り返しの作業をこなして、人前に出ても最低限恥ずかしくない程度に仕上げます。
それでもファンデーションを塗りおわり、アイメイクに移ろうかと化粧道具を手に取ろうとしたとき、ふと鏡をみて衝撃を受けました。
汚かったのです。
埃や指紋のあと、なぜ今まで気が付かなかったのだろうと思うほどに、汚れは鏡をくすませていました。
ティッシュをとり軽くふき取りますが台座に積もった埃はともかく、鏡の汚れは簡単には落ちません。
長い間汚れを放置していたせいでしょう。
なぜ、気が付かなかったのでしょうか。
ほぼ毎日お化粧をする私は、同じようにほぼ毎日鏡をみていました。
見ていたのに、視界に入っていたのに、意識できていなかったのです。
見えているのに、気が付かない
きっとどんなことにも同じようなことが言えるのでしょう。
繰り返される似たような毎日で、変化していないように見えて、何事もプラスにもマイナスにも変化し続けている。
例えば仕事をしていて自分の成長を感じられないことはよくあることですが、1ミリ単位で成長できているということもあるでしょう。
逆に、変わっていないように見えて夫婦間や家族間の心の変化に気が付かず、離婚や絶縁にいたるという話もよく耳にします。
どのお話も確実に、少しずつ変化しているにもかかわらず、微々たる変化に気がつき、対応できなかった事による末路なのでしょう。
時が経って、あの時ああしていれば、と思うこともありますが、大抵その時気づくことのできなかった変化が原因だったりすると思います。
おわりに
変化に関して気が付く、気が付かないの話でいうのであれば、常に前者の人間でいられるよう注意せねば、いけないのかもしれません。
もちろん、簡単なことではないのでしょうが、鏡の汚れが拭き取れるうちに目を見張って過ごそうと思った、今日この頃なのでした。